※この記事は弊社オンライン講座リュケイオン・オンラインの記事を転載したものです
2024年10月2日、科学雑誌ネイチャー誌に
アメリカのプリンストン大学の研究者たちが
ショウジョウバエの脳の神経細胞のつながりを示した
詳細な地図(コネクトーム)を作成することに成功した
という驚くべきニュースが掲載されました。
これは、今までに作られたどんな生物の脳の地図よりも完成度が高く、
人間の脳の仕組みを理解する上でも大きな一歩となるかもしれません。
今回作成されたコネクトームは、ハエの脳の神経細胞がどのようにつながっているのかを示した、
いわば脳のGoogleマップのようなものです。なんと約14万個もの神経細胞と、
その間にある5450万個以上のシナプス(神経細胞同士の接続部分)の情報が記録されています。
これは、これまで作られたどの生物のコネクトームよりもはるかに詳細なものです。
“This is a huge deal,” says Clay Reid,
a neurobiologist at the Allen Institute for Brain Science in Seattle, Washington,
who was not involved in the project but has worked with one of the team members who was.
“It’s something that the world has been anxiously waiting for, for a long time.”
(これはすごいことです。
ワシントン州シアトルにあるアレン脳科学研究所の神経生物学者であるクレイ・リード氏は、
このプロジェクトには参加していませんが、
チームメンバーの一人と仕事をしたことがあります。
「これは世界が長い間待ち望んでいたことです」)
長年、多くの研究者が完全な脳地図の作成を夢見てきましたが、
ついにその夢が現実のものとなったのです。
研究チームは、電子顕微鏡を使ってハエの脳の断面画像を撮影し、
それらを繋ぎ合わせて脳全体の地図を作成しました。
この作業にはAI(人工知能)が活用されましたが、
AIだけでは完璧ではなく、人の手による修正も必要でした。
The researchers and their colleagues stitched the data together to form a full map of the brain
with the help of artificial-intelligence (AI) tools. But these tools aren’t perfect,
and the wiring diagram needed to be checked for errors.
(研究者たちは、人工知能(AI)ツールの助けを借りてデータを繋ぎ合わせ、
脳全体の地図を作成しました。しかし、これらのツールは完璧ではなく、
配線図にはエラーがないか確認する必要がありました。)
研究者たちとボランティアは、4年以上もの歳月をかけて、
300万回以上もの修正作業を行い、この巨大なパズルを完成させました。
2020年のCOVID-19パンデミックの際には、
多くの研究者が自宅で作業を行い、プロジェクトに貢献しました。
さらに、研究チームはそれぞれの神経細胞の種類を特定する作業も行いました。
これは、衛星写真から湖や道路を特定し、名前を付ける作業に似ています。
その結果、8,453種類もの神経細胞が特定され、
そのうち4,581種類はこれまで知られていなかった新しいタイプの神経細胞でした。
All told, the researchers identified 8,453 types of neuron — much more than anyone had expected.
Of these, 4,581 were newly discovered, which will create new research directions,
Seung says. “Every one of those cell types is a question,” he adds.
(研究者たちは全部で8,453種類のニューロンを特定しました。
これは誰もが予想していたよりもはるかに多い数です。
そのうち4,581種類は新たに発見されたもので、新たな研究の方向性を生み出すだろうとスン氏は述べています。
「これらの細胞タイプのそれぞれが疑問なのです」と彼は付け加えています。)
これらの新しい神経細胞は、今後の脳研究に新たな方向性をもたらす可能性を秘めています。
プリンストン大学のセバスチャン・スン教授は、
「これらの細胞タイプのそれぞれが疑問なのです」と述べ、
脳にはまだまだ多くの謎が隠されていることを強調しています。
この研究で明らかになったのは、ハエの脳がこれまで考えられていたよりもずっと複雑な構造をしているということです。
例えば、視覚情報だけを処理すると考えられていた神経細胞が、
聴覚や触覚など、複数の感覚からの情報を受け取っていることも分かりました。
For instance, neurons that were thought to be involved in just one sensory wiring circuit,
such as a visual pathway, tended to receive cues from multiple senses,
including hearing and touch. “It’s astounding how interconnected the brain is,” Murthy says.
(例えば、視覚経路のような、1つの感覚配線回路にのみ関与すると考えられていたニューロンは、
聴覚や触覚など、複数の感覚からの手がかりを受け取る傾向がありました。
「脳がいかに相互につながっているかは驚くべきことです」とマーシー氏は言います。)
これは、ハエが様々な感覚情報を統合して、より複雑な行動を制御している可能性を示唆しています。
このハエの脳地図は、すでに他の研究者たちにも公開されており、
脳の仕組みやハエの行動に関する新たな発見につながっています。
例えば、この地図を使ってハエの脳全体のコンピューターモデルを作成し、
甘い味と苦い味を感じたときに脳内でどのような信号が伝わるかをシミュレーションした研究もあります。
この研究で得られた知見は、将来的には人間の脳の仕組みを解明する上でも役立つ可能性があります。
さらに、脳の神経回路を模倣したAIの開発にもつながるかもしれません。
The FlyWire researchers say that much work remains to be done to fully understand the fruit-fly brain.
[...] And Murthy hopes to eventually have a male fly connectome, too,
which would allow researchers to study male-specific behaviours such as singing.
“We’re not done, but it’s a big step,” Bock says.
(FlyWireの研究者たちは、ショウジョウバエの脳を完全に理解するにはまだ多くの作業が残っていると述べています。
[...] そして、マーシー氏は最終的にはオスのハエのコネクトームも入手したいと考えており、
そうすれば研究者は歌などのオス特有の行動を研究することができるようになります。
「まだ終わりではありませんが、大きな一歩です」とボック氏は言います。)
まだ道のりは長いですが、今回の研究は脳科学における大きな一歩です。
小さなハエの脳から、人間の脳の大きな秘密が解き明かされる日も、そう遠くないのかもしれません。